中村文則さん著「教団X」の感想と考察

くらし 読書感想文

最終更新日:2023/02/03

ラムネグから一言:寝る前に読むとくだらなすぎて逆に寝れると好評なすごい適当なブログをこっちではじめてます.

最近中村文則さんっていう作家にハマっていて、今回読んだ教団Xは中村さんの本でいうと3冊目に読んだ本になる。

1冊目が偶然手に取った「去年の冬、きみと別れ」で一気にハマって、次に手に取ったのが「遮光」そして今回の「教団X」。全2冊はかなり薄い本だったのですぐに読めたんだけれど、この教団Xはすんごく分厚い。

今回はこの中村文則さん著の「教団X」を読んでの感想や考察を書きたい。まず最初に、性描写多すぎて基本村上春樹とかすごい苦手なんで、これも苦手な部類の本だったけど不思議と読後感は悪くなかったです。

  1. 感想:こんなカオスを作れることに驚く、そんな一冊
  2. 考察
    1. 「対比」について
    2. この小説が言いたい事について
  3. まとめ

感想:こんなカオスを作れることに驚く、そんな一冊

教団Xを一言でいうなら、カオスな本、って事。

もっというと全体的に意味わからんけど、こんなカオスなものを作り出せること自体に驚く、という感じ。どうやってこんなもの生み出したの?どういう脳の構造してたらこんなもの書き上げられるの?っていう。

そういう意味でものすごいオリジナリティがある本だと思う。

しかもこんなに長い物語を2年半も続けて連載するって、最初のプロットとかどうやって決めてそしてその後の思い付きとかアイデアをどうやって物語にいれこんでいったんだろうって不思議でならないし、この熱量の文で2年半、この流れるような文体で小説を書くなんて絶対まねできないな、と思わされてしまう、

宇宙論、素粒子、生々しい性描写(官能小説ばりだと思います)、戦争、陰謀、紛争、男、女、そういうものがぐちゃっと一緒くたにミキサーにぐわんぐわんかけられて、んで中村さんの頭を通って(どうやって通ったのかわからないけど)出てきたのが教団Xとなってる。

ただ上でも書いたけど正直ぼくにはこの本の内容は難しすぎて意味わからなかった。わからなくていい感じろ、で中村さんの本は3冊とも読んでるんで気にならなかったけど、小説の意味を考えながら読む方には「なんじゃこりゃ」かもしれない。

考察

ここからはそんなほぼ意味を考えずに感じるままに読んでしまった僕が教団Xを無謀にも考察してみようと思う。

「対比」について

この教団Xは色々なものの対比が描かれているっていうのが、カオスの中に見つけられる数少ない統一感を感じられる部分だと思う。

例えば、二つの教団、二人の教祖、男と女、善と悪、金持ちと貧困層、先進国と発展途上国、そういう対比がいろんなところで表に出したり、暗ににおわしたりしながら描かれてる…と思う。

この中でわかりやすいのが、男をどこまでもショボく描いているという所。そして女を強く描いているという所。

どういう意図があるのかはわからないけど、教団Xに出てきた要素を拾いながら書くとするなら、素粒子から構成されている人間、物語を世の中に供給するために生まれてきたはずの人間、その人間を無の状態から、素粒子から再生成するようにはぐくむことのできる女性という存在を特別視した内容なんじゃないかな、と思う。

人の紡ぐ物語には善も悪もない、もしかすると誰がどの物語をたどるかは予めビックバンの後から一つの道として決まっているのかもしれない、だからこそすべての多様性を認めたい。

そしてそんな善も悪もない物語を、人間は一人一人自分の道として歩んでいく。たどる道があらかじめ決まっていようが決まっていなかろうが、大事なのはその人が「どう生きるか」でありそれは人と比較されるべきものではない。

そんな一つの道を作り出せる生物としてのメスというものを強く描きたかったんじゃないかなーと。

ただ中村さんの本はだいたい女性がめちゃめちゃ物分かりいい都合のいい女性として描かれてることが多い気がするんで、この考察はまったく関係ないかもしれない。

この小説が言いたい事について

結局この小説「教団X」が言いたい事についての考察。

うーん、難しい。

一つあるとするなら、誰々に行動が似てる、とか、遺伝子レベル、無意識レベルで自分の行動が決まってるとかどうでもいい、好きに生きようよ。それが周りから見て停滞しているように見えるなら停滞でいい、それが誰かの行動に似てるならそれでいい、それが無意識から発せられた意識の関与しないある種の衝動のような行動であったとしてもいい、好きに生きようよ。っていうメッセージが一番強いんじゃないかなーと個人的には思った。

ネタバレになるけど立花が最後、高原が打たれるところで叫んだのが一つのメッセージというか。自己犠牲に対してある種の興奮を覚えるような性格であった母親に似ていると言われた立花が、教団ではなく自分と高原を選んだ叫び、もしかしたらそれは立花が意識して母の影を振り払うように叫んだのかもしれない、でもそうじゃなく、それは無意識が構成した衝動ともいえる行動だったのかもしれない。でもそんなのはどっちでもいい、って事なんじゃないかな。

結果それがどのような動機から発せられたものであったとしても、好きなように動いたなら、それで、って。

結局物語の最初から最後まで何も自分で決められなかった(ように見える)楢崎も、最後、少女の手を取って前に進みだしたのも、好きに生きようよ、だと思う。何も折り合いなんてついてなくていい、強くなっていなくてもいい、ウジウジしたままでもいい、だから、好きに生きようよ、って。

まとめ

今回は中村文則さん著の「教団X」を読んでみての感想や考察を書いた。

とにかくこんだけの長編をこんだけカオスに仕上げられる中村さんの脳がえげつないよな…、というのがこの本の感想。絶対他の人じゃかけないオリジナリティというか。そういう点を評価してる人も多いんじゃないかな。…いやこれは僕がこの本のもっと深いであろう部分をまったく理解できずに読んでしまったからかもしれないな。

ちなみにすごい問題発言だけど、個人的にドSなもんで教祖が少女の心臓手術するシーンはダメだとわかりながらもめっちゃドキドキした。変態だな…。うん。

後は文庫本170ページから続くギャグのノリの部分は笑ったなー。「人生はつつくか、つつかないかです。もしかしたら、つつかれるのはわたしかもしれない。」。こういう文体で光っぽいのと闇っぽいのを表現してるのもこの本のすごい所だよなーと思う。

【おしらせ、というか完全なる宣伝】

文体がもうぜんぜん適当すぎてあれだけどものすごい自由に書いてるブログ「檸檬だくだく」もよろしく.寝る前に読める恐ろしくくだらないやつです.

こんなにも一ミリも目を引かれないタイトルを取り扱ってます: 歯ブラシ子 / イギリスの週休3日制のおはなし / 恐ろしいほどの万能感 /