屍者の帝国、いっぱいあった分からない所考察(ネタバレ)

くらし 読書感想文

2017/02/07(火)

屍者の帝国考察(ネタバレあり)

2017年2月3日から虐殺器官の映画が公開される記念で、屍者の帝国とハーモニーがテレビで放送されてますね!

屍者の帝国とハーモニーもそして虐殺器官も伊藤計劃(いとうけいかく)さんという作家さんが書かれた小説で、この人が書いた作品を映画にしよう!という「Project Itoh」で映画化されました。また屍者の帝国は共作となっていて30ページほど書いて亡くなってしまった伊藤計劃(いとうけいかく)さんの原稿を引き継いで円城塔(えんじょうとう)さんが書き上げられ、2012年に出版されました。

またアニメーション製作は進撃の巨人と同じところがやっているみたいです。

…はい!実は上記の内容はぜんぶ受け売りなんです。テレビで見た「屍者の帝国」があまりにも面白くて、んで意味が分からなくて、いろいろネットで調べているときに知りました。

今回はそんな屍者の帝国で感じたたくさんの疑問を自分なりに考察してみました。ふだん映画をあんまり見ないぼくみたいなもんでも、こんな風に考察したくなる、めちゃくちゃおもしろい作品ですよね!

小説版を読んでいないので、読んだ人からすれば「それは違うだろ!」という点が多々あるかもしれませんがご容赦ください。

屍者の帝国の疑問&考察:もくじ

  1. ん?最後のワトソンは屍者化したの?
  2. 最後フライデーは魂を取り戻したの?
  3. ヴィクターの手記ってナニ?
  4. カラマーゾフに会いに行く時屍者に襲われたけど、なんで?
  5. カラマーゾフはなんで「ヴィクターの手記」を破棄したかったの?
  6. ニコライの扱いひどいような?
  7. 「ヴィクターの手記」を解析したフライデーはどうなったの?
  8. 船にあった箱入りの脳はなに?
  9. 結局ザ・ワンのしたかった事ってお嫁さん蘇らせるだけ?
  10. なんでお嫁さん蘇生にヴィクターの脳が必要なの?
  11. 屍者化した市民が最後生き返ってない?
  12. 急にホームズって何かの伏線?

ん?最後のワトソンは屍者化したの?

映画の最後、ワトソンはヴィクターの手記を使って自分を屍者化したような描写が。ワトソンは屍者化しちゃったの?そもそもなんでヴィクターの手記を使ったの?という疑問です。

考察:自身の中に封じ込める事が一番安全な破棄の方法だと考えたのか、それとも他に意味があったのか、ヴィクターの手記を使った理由はどっちなんでしょうね。うーんむずかしい。

ほんとに個人的な考えなんですが、破棄ではなく試してみたかったんだと考えています。

ヴィクターの手記には「魂なんてない」(※後述)というような事が書かれているんじゃないかなと思います。んで最後のシーン、ワトソンは本当の本当に魂はないのか試してみたくなったんだと思います。だから最後にフライデーに対してぼくは君を見ることができるのだろうか、みたいな事を言ってるんじゃないかなと。

最後フライデーは魂を取り戻したの?

エンドロールが流れる間フライデーの語りが入ります。また一番最後にワトソンを望遠鏡で眺めるフライデーも登場します。結局フライデーって最後人間だったときの魂を取り戻したのか?という疑問。

考察:エンドロールの語り口調は生前のフライデーとは違う口調でした。なので違う魂が作られたんだと思います。

きっと人は死んでも脳の中に保存されている魂(=思考回路?)はそのままだけれど、ヴィクターの手記の技術を使って擬似霊素を入れる事で、元からある回路が作り変えられて、まったく違う魂(=思考回路?)が作られてしまうんだと思います。

ヴィクターの手記ってナニ?

ザ・ワンを生み出したヴィクター・フランケンシュタイン博士が残した手記。

考察:ヴィクターの手記を一時持っていたカラマーゾフは「魂なんてない」といい、ザ・ワンもオルガン弾くところで「ヴィクターの手記の本質は魂を生み出せる所だ」みたいなことを言っていたりするコトを考えると、ヴィクターの手記には死者の魂を復元する方法は書かれていなくて、新しく魂を作る方法が載っているのかなと思います。

カラマーゾフに会いに行く前屍者に襲われたけど、なんで?

ハダリーが焼き払って助けれくれましたが、いきなり大勢の屍者に襲われたワトソン一行。なんで襲われたのか気になりますよね。

見ているときはカラマーゾフの手下が襲ってきたのかと思っていましたが、その後カラマーゾフに会うシーンでは友好的に迎えてくれているので「ん?」となりました。見直してみて気づいたんですが、ニコライが「本国が動きの速い屍者を投入してきたか」と言っているので、あれはカラマーゾフの手下ではなくロシア軍だったんですね。ロシアからしてみるとワトソンたちイギリス勢がカラマーゾフと接触するのをよく思わなかったんですね。

カラマーゾフはなんで「ヴィクターの手記」を破棄したかったの?

ワトソン達は日本ではじめて「ヴィクターの手記」に出会います。なんか金属でできたパンチカードみたいな見た目です。さっそく解析するとフライデーは凶暴化(?)しちゃいます。けど同時に目は光が入ったような感じになりました。カラマーゾフもワトソンと同じ研究者ならこんな変化が出る「ヴィクターの手記」を破棄したいなんて思わないはず!という疑問です。

考察:生きたままのニコライを屍者化したときもカラマーゾフは魂なんてない、みたいなことを言っています。カラマーゾフもワトソンと同じで死者の魂をそのまま生き返らせたかった、けどヴィクターの手記を解析する中でそれは不可能だと悟ったんだと思います。

ニコライの扱いひどいような?

カラマーゾフを探すためにロシア人なのにイギリス軍である主人公達に協力してくれているニコライ。朝カラマーゾフ邸でワトソンが起きたら、何の前触れもなくニコライが生きたまま屍者化させられています。急に扱いひどいと感じますよね。

ニコライもカラマーゾフも、「カラマーゾフの兄弟」という小説の登場人物です。そしてその作中ではアレクセイ・カラマーゾフとニコライ・クラソートキンは、ニコライがカラマーゾフを尊敬しているという関係だそうです。ニコライとアレクセイは一緒に手記を見つけたという事だったので、カラマーゾフに無理やり屍者化されたわけではないんでしょうね。

「ヴィクターの手記」を解析したフライデーはどうなったの?

日本で「ヴィクターの手記」を解析してからフライデーはロシア軍の屍者みたいに凶暴化しちゃいました。

ザ・ワンがいうにはヴィクターの手記の本質は魂を作れることなので、凶暴化してしまっては魂を作れたとはいえないと思います。たぶん”解析”には研究者のレベルが反映されるんだと思います。

カラマーゾフは生きている人を屍者化する技術まで、ワトソンは死人に不完全だけど新しい魂を入れられる技術まで解析できたんじゃないのかなと思います。

その後下水道のシーンで、フライデーがペンをこん、こん、とする場面があります。新しい魂が不完全だったから脳の思考回路が完全に別人にならなかったんじゃないかな、と思っています。

船にあった箱入りの脳はなに?

見直してみてわかったのですが、日本の大里化学内にあったものなんですね。ザ・ワンが大里化学の屍者を制御するときに使ったからそこから足取りが解析できるんじゃない?という事で持ち出したというコトでした。

結局ザ・ワンのしたかった事ってお嫁さん蘇らせるだけ?

ザ・ワンはハダリーの体を器にしてお嫁さんを蘇らせようとします。いきなりお嫁さんといわれても唐突なもんで「んん?」となってしまいました。

ここは元になったフランケンシュタインの話が大事なようです。

フランケンシュタインのあらすじは、ヴィクター・フランケンシュタインが怪物を作る。その怪物は一人だとさびしいから伴侶が欲しいとヴィクターに頼むけど断られる。そんで怪物は復讐を始める。

元のお話はこんな感じなんですね。フランケンシュタインという名前だけしっていて中身はまったく知りませんでしたが、この怪物がザ・ワンというコトになるのでお嫁さんが欲しいという願望も納得がいきます。

なんでお嫁さん蘇生にヴィクターの脳が必要なの?

ザ・ワンはお嫁さんの「蘇生」といっていますが、実質は新しく作る、行為だったんだと思います。

なんで「蘇生」って言っていたのかというと、ザ・ワンはその昔(元の小説)お嫁さんが欲しいとヴィクターにお願いして断られた経験があります。ザ・ワンは頼んだだけで実際にお嫁さんのイメージをして作成するのはヴィクターです。断ったといってもヴィクターの脳には当時少しはイメージしたお嫁さん像が残っているはずだ、一度イメージされたお嫁さん像を復元するんだから「蘇生」だ!という理論なんだと思います。

当時ヴィクターが想像したお嫁さん像が欲しかったからヴィクターの脳が必要だったんですね。

屍者化した市民が最後生き返ってない?

ザ・ワンを倒したあと、街の市民達が屍者から普通の人に戻っているみたいな描写があります。屍者だったのではなく、カラマーゾフのように生きている人に擬似霊素が入ったかのような状態になっていたんだと思います。またカラマーゾフよりも手記を使いこなせていたから元の魂を破壊しなかったんだと思います。

急にホームズって何かの伏線?

最後いきなりホームズが出てきてビックリしたのですが、作中のキャラクターも他の小説から引っ張ってきているんですね。屍者の帝国自体が、そういった遊び心のある小説だそうです。読書好きな人ならけっこう序盤に気づくトコロだと思うのですが、ホームズという名前しかピンときませんでした。お恥ずかしい…。

屍者の帝国:感想

新しく魂作れるけど死者の魂は戻らないよだったり、機械であるハダリーに魂がある描写だったりと、魂の扱いについて描かれた映画なんだなと感じました。

最後4年後のシーンが紹介されますが、ドタバタ劇でも始まりそうなくらいみんなとっても元気そうです。人格の変わったワトソンもフライデーも楽しそうです。

魂というか人格や個性って現実世界でもすごい大事にされていて、逆に個性がないのがすごくいけない事みたいになっていると思います。でも実際には擬似霊素とかでなくても、チョットした事がきっかけでまるで別人のように人格が変わってしまうコトって多いと思います。個性を出せ、個性を出せ、と言われるコトも多いけど人格や個性ってそんなに無理して確立する必要はないのかもしれない、というコトを最後のシーンを見て感じました。